有名な短歌と歌人
まずはこの8首から
〜日々、三十一音のひとりごと文藝〜
「有名な短歌って、どんな歌があるの?」
「教科書で見た気がするけど、意味がよく分からなかった」
短歌を作りはじめると、ほかの人の歌も読んでみたくなります。
この記事では、いまも読み継がれている短歌を8首選びました。飛鳥時代から昭和まで、時代の順に並んでいます。
ただ歌を並べるだけでは、たぶん頭に入りません。なので一首ずつ、意味と、どこが良いのかを書きました。
この記事で分かること
- 有名な短歌8首の意味
- その歌のどこが良いのか
- 詠んだ人がどんな人だったのか
- いまの短歌を読みたいときは何を手に取ればいいか
なぜ、この歌は残ったのか
ここで紹介する8首は、どれも千年前や百年前に詠まれた歌です。
でも、読んでみると不思議と分かります。夜明けの空がきれいだった。年をとるのがさびしい。ひとりぼっちだ。——言葉は古くても、中身はいまの私たちと変わりません。
残った歌は、むずかしい歌ではなく
誰にでも思い当たることを詠んだ歌
そう思って読むと、ぐっと近くなります。
柿本人麻呂|朝日と月が、一首の中に
※「東」は「ひむがし」、「傾きぬ」は「かたぶきぬ」と読みます。『万葉集』巻一・48番の歌です。
東の|野にかぎろひの|立つ見えて|かへり見すれば|月傾きぬ
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| かぎろひ | 夜明け前に東の空にさす光 |
| かへり見すれば | ふり返って見ると |
| 月傾きぬ | 月が西に傾いた |
意味:東の野に、夜明けの光が立つのが見える。ふり返ってみると、月が西に傾いていた。
どこが良いか:この歌のすごいところは、体の動きがそのまま歌になっているところです。東を向けば朝日、ふり返れば沈む月。首を回しただけで、空全体が入ってきます。
カメラを東から西へゆっくり振ったような一首です。千三百年前の人が、同じ空を見上げていました。
※柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)は、生きた年は分かっていませんが、7世紀の終わりごろの人です。『古今和歌集』の仮名序で、紀貫之が「歌の聖(ひじり)」と呼んだ歌人です。
小野小町|桜の話をしながら、自分の話をする
※『古今和歌集』113番、百人一首の9番の歌です。
花の色は|うつりにけりな|いたづらに|わが身世にふる|ながめせしまに
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| うつりにけりな | 色あせてしまったなあ |
| いたづらに | むなしく |
| 世にふる | 世の中で年月を過ごす |
| ながめせしまに | もの思いにふけっているあいだに |
意味:桜の色は、すっかりあせてしまった。むなしく、長雨が降っているあいだに。——そして私も、もの思いにふけっているあいだに。
どこが良いか:この歌には、ひとつの言葉に二つの意味が入っています。
| 言葉 | ひとつめの意味 | ふたつめの意味 |
|---|---|---|
| ふる | 雨が降る | 年月が経る(=年をとる) |
| ながめ | 長雨 | 眺め(=もの思いにふける) |
つまりこの歌は、桜の話をしながら、同時に自分の話をしています。「花の色があせた」と言いながら「私も年をとった」と言っているのです。
直接「年をとってさびしい」とは、ひとことも書いていません。そこがうまいところです。
※この歌は初句が「はなのいろは」で6音あります。字余りですね。有名な歌でも、ぴったり31音とは限りません。
※小野小町(おののこまち)は9世紀の人ですが、生きた年も、どんな人だったかも、ほとんど分かっていません。絶世の美女という話は、あとの時代に広まった伝説です。
西行|願いどおりに亡くなった歌人
※「願はくは」は「ねがわくは」、「如月」は「きさらぎ」、「望月」は「もちづき」と読みます。歌集『山家集』(さんかしゅう)の歌です。
願はくは|花の下にて|春死なむ|その如月の|望月のころ
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| 願はくは | できることなら |
| 花 | 桜 |
| 春死なむ | 春に死にたい |
| 如月 | 旧暦の2月 |
| 望月 | 満月 |
意味:できることなら、桜の花の下で、春に死にたい。あの如月の、満月のころに。
どこが良いか:歌そのものより、そのあとに起きたことが有名です。
西行は文治6年(1190年)の2月16日に亡くなりました。これは旧暦の日付です。
旧暦では15日ごろが満月。歌に詠んだ「如月の望月のころ」と、ほぼ願いどおりでした。
そして旧暦の2月16日は、いまの暦だと3月の終わりごろにあたります。ちょうど桜の季節です。
「こう死にたい」と歌に書いて、そのとおりになった。当時の人たちは驚き、この歌は語り継がれました。
※西行(さいぎょう/1118-1190)は、もとは武士でした。23歳で出家し、そこから旅をしながら歌を詠み続けます。『新古今和歌集』には94首が入っていて、これは収められた歌人の中でいちばん多い数です。
正岡子規|とげが、やわらかい
※「くれなゐ」は「くれない」、「やはらかに」は「やわらかに」と読みます。歌集『竹の里歌』(たけのさとうた)の歌で、1900年(明治33年)の作です。
くれなゐの|二尺伸びたる|薔薇の芽の|針やはらかに|春雨のふる
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| くれなゐ | 紅色 |
| 二尺 | 約60センチ |
| 針 | 薔薇のとげ |
意味:紅色をした、60センチほどに伸びた薔薇の芽。そのとげはまだやわらかく、春雨が降っている。
どこが良いか:「針やはらかに」の一言です。
薔薇のとげは、痛いものだと思っています。でも、伸びたばかりの芽のとげはまだやわらかい。これは、かなり近くまで寄って、じっと見た人にしか書けません。
それもそのはずで、この歌には『庭前即景(ていぜんそっけい)』という題がついています。かっこ書きで「四月二十一日作」とまで添えられています。
つまり思い浮かべて書いた薔薇ではなく、その日、庭にあった薔薇です。子規はこのころ病気で寝たきりでした。動けないぶん、目の前のものをとことん見たのだと思います。
子規はこれを「写生(しゃせい)」と呼びました。目の前のものをよく見て、その姿を言葉にする。この一首は、そのお手本です。
※正岡子規(まさおかしき/1867-1902)。俳句と短歌の両方を新しくした人です。くわしくは短歌の歴史で書きました。この歌の読み方は句切れの記事でも取り上げています。
与謝野晶子|言ってはいけないとされたことを
※「血汐」は「ちしお」と読みます。歌集『みだれ髪』(1901年)の歌です。
やは肌の|あつき血汐に|ふれも見で|さびしからずや|道を説く君
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| やは肌 | やわらかな肌 |
| あつき血汐 | 熱い血 |
| ふれも見で | 触れてもみないで |
| 道を説く | 道理を説く |
意味:このやわらかな肌の、熱い血に触れてもみないで。さびしくないのですか、道理ばかり説いているあなたは。
どこが良いか:いま読むと、それほど過激には感じないかもしれません。でも1901年(明治34年)です。女性が自分の体や気持ちをこう詠むことは、ほとんどありませんでした。
『みだれ髪』は、出たときにずいぶん批判されました。それでも晶子は詠み続けます。
短歌が「言いたいことを言う場所」になった——その入口にある一首です。
※与謝野晶子(よさのあきこ/1878-1942)は、大阪・堺の和菓子屋の娘として生まれ、店を手伝いながら本を読んで育ちました。のちに女性の教育にも力を注いでいます。
若山牧水|白は、何色にも染まらない
※「白鳥」は「しらとり」、「あを」は「あお」と読みます。歌集『海の声』(1908年)の歌です。
白鳥は|かなしからずや|空の青|海のあをにも|染まずただよふ
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| かなしからずや | 悲しくないのだろうか |
| あを | 青 |
| 染まず | 染まらないで |
| ただよふ | ただよっている |
意味:白い鳥は、悲しくないのだろうか。空の青にも、海の青にも染まらないで、ただよっている。
どこが良いか:空も海も青一色。そのまん中に、白い鳥が一羽。色が、そのまま気持ちになっています。
まわりに染まらないのは、強いことでもあり、ひとりだということでもあります。「かなしからずや」と鳥に聞きながら、自分に聞いているのだと思います。
※若山牧水(わかやまぼくすい/1885-1928)は、旅と酒を愛した歌人です。この歌の句切れは句切れの記事でくわしく読んでいます。
石川啄木|カメラが寄っていく一首
※「白砂」は「しらすな」、「たはむる」は「たわむる」と読みます。歌集『一握の砂』(1910年)のいちばん最初に置かれた歌です。
東海の|小島の磯の|白砂に|われ泣きぬれて|蟹とたはむる
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| 東海 | 東の海 |
| 磯 | 波打ちぎわの岩場 |
| たはむる | たわむれる |
意味:東の海の、小さな島の磯の、白い砂の上で。私は泣きぬれて、蟹とたわむれている。
どこが良いか:「の」が4回続きます。声に出してみてください。
東海の → 小島の → 磯の → 白砂に → われ → 蟹
広い海から、島、磯、砂、そして自分、最後は蟹一匹。カメラがどんどん寄っていきます。
大きな景色から始まって、ひとりぼっちの自分に着地する。さびしさの表し方として、うまいと思います。
※石川啄木(いしかわたくぼく/1886-1912)は26歳で亡くなりました。短歌を3行に分けて書いたことでも知られています。
斎藤茂吉|川が、逆立つ
※「逆白波」は「さかしらなみ」、「ゆふべ」は「ゆうべ」と読みます。歌集『白き山』(1949年)の歌です。
最上川|逆白波の|たつまでに|ふぶくゆふべと|なりにけるかも
| 分かりにくい言葉 | いまの言葉にすると |
|---|---|
| 逆白波 | 波が逆立って白く見えること |
| ふぶく | 吹雪く |
| なりにけるかも | なったことだなあ |
意味:最上川に逆白波が立つほどに、吹雪く夕方になったことだ。
どこが良いか:「逆白波」という言葉です。
川下から強い風が吹き上げると、川の波が逆立って白く見えます。その様子を表した言葉で、茂吉が作った言葉ともいわれます。
子規が始めた「写生」——目の前のものをよく見て言葉にする——が、ここまで来ました。よく見たからこそ、ぴったりの言葉がなくて、自分で作ったのです。
※斎藤茂吉(さいとうもきち/1882-1953)は山形県の生まれで、医者でもありました。この歌は、戦争のときに山形へ疎開していたころに詠まれています。
いまの短歌を読みたい人へ
ここまでの8首は、すべて昔の歌人の作品です。
「もっと今の短歌を読みたい」という方のために、現代の歌人も挙げておきます。
| 歌人 | 第一歌集 |
|---|---|
| 寺山修司(てらやましゅうじ) | 『空には本』(1958年) |
| 俵万智さん(たわらまち) | 『サラダ記念日』(1987年) |
| 穂村弘さん(ほむらひろし) | 『シンジケート』(1990年) |
※第一歌集は、その人がはじめて出した歌集のことです。どれも図書館によく置いてあります。
テレビならNHK短歌で、いまの人の短歌を毎週見ることができます。投稿もできます。
まとめ
8首を古い順に並べてみます。
| 歌人 | 時代と歌集 | 詠んだもの |
|---|---|---|
| 柿本人麻呂 | 飛鳥 万葉集 | 夜明けの空 |
| 小野小町 | 平安 古今和歌集 | 年をとること |
| 西行 | 平安の終わり 山家集 | 自分の死に方 |
| 正岡子規 | 明治 竹の里歌 | 庭の薔薇の芽 |
| 与謝野晶子 | 明治 みだれ髪 | 自分の気持ち |
| 若山牧水 | 明治 海の声 | 海の上の白い鳥 |
| 石川啄木 | 明治 一握の砂 | ひとりのさびしさ |
| 斎藤茂吉 | 昭和 白き山 | 吹雪く川 |
前の3首は千年以上むかし、あとの5首はここ150年ほどです。あいだが大きくあいています。
では、そのあいだ短歌はどうなっていたのか。じつは連歌や狂歌という別の形が盛んになっていて、和歌そのものも受け継がれていました。くわしくは短歌は止まっていた?(短歌の歴史)に書いています。
そして明治から急に増えているのが分かります。正岡子規が短歌を新しくして、そこから詠む人が一気に増えました。くわしくは正岡子規|短歌が大きく変わった瞬間(短歌の歴史)に書いています。
短歌の歴史を最初から読みたい方は、短歌の歴史からどうぞ。万葉集から令和まで、年表つきでたどっています。
空、年齢、死、花、気持ち、さびしさ、鳥、川。どれも、特別なものではありません。
ちがうのは、そこをよく見て、言葉にしたかどうかだけです。
今日あなたが見たものも、同じように31音にできます。その続きに、あなたの一首があります。